「石田和雄名局集」は隠れた名著であると思っている。
"筋の良い居飛車党"というのはまさに石田和雄九段のためにあるような言葉で、並べてみるとその意味がよく分かる。
個人的に好きなのは第24局(第18期王将戦一次予選、対森安秀光四段戦)で、飛車先突かずの右四間飛車から四間飛車穴熊相手に端攻め一本で殺到して仕留めるという鋭い切れ味の将棋で、何度でも並べたくなる。
この将棋が現在棋譜の山に埋もれているのは実に惜しい。
それに、棋譜だけでなく石田九段の自戦解説がまた面白く、解説時の名調子そのままの軽妙な語り口で、並べて分かりやすいし飽きさせない作りになっている。
名局集シリーズの中では一番のオススメであり、既に絶版になっているのが非常に残念である。
そんな「石田和雄名局集」であるが、棋士の食事にあたっても見逃せない記述がある。
第97局(第16期竜王戦ランキング戦3組、対田中寅彦九段戦)の解説である。
このころ終盤に疲れてくるとよく頭がくらくらした。今思えば血圧が上がり気味だったのであろう。
しかしプロテインを飲むと夜中まで体力が持つようになることを知りよく飲んでいた。
そのおかげかそこそこ勝っていた。
(中略)
昼食休憩。プロテインを持参し忘れたことに気が付いた。買いに行くなら今だ。
休憩中、急ぎ両国まで往復した。
(中略)
▲3六歩=これがプロテイン効果。手応えありだ。
(中略)
▲3三金=しかし読み筋。これもプロテイン効果だ。夜戦にもかかわらず頭はさえていた。
ここから超手数の詰み手順を奇麗に読み切り詰まし切った。
(出典:「石田和雄名局集」マイナビ 2013 より 適宜改行を施した)
白い粉(プロテイン)を切らして対局中外を彷徨うベテラン棋士というのは一見危ない人物であるが、これは至って健全なものである(今では外出そのものができなくなってしまったが)。
ちなみに「石田和雄名局集」はこんな調子で100局が収録されているので、是非手元に用意して、「プロテイン効果だ!」と叫びながら駒を並べてみてほしい。
閑話休題。
石田九段は現役生活末期、プロテインでタンパク質を補給して高血圧の改善と集中力の低下を防いでいたようだ。
少し調べると、確かにプロテインにはそのような効果があるらしい。
効果があるのであれば、なぜ他の棋士はその手を指さないのだろうか。
そして、プロテインで鍛えていそうで食事に関する研究に熱心なあの棋士は、プロテインを使っていなかったのだろうか。
そう、丸山忠久九段はどうだったのだろうか。
気になったので少し調べてみた。
色々調べてみると、第12期竜王戦挑戦者決定戦第3局の観戦記の夕休明けにこんな記述が見つかった。
丸山はバッグから小さな缶を取り出し、なにやら正体のしれない粉をミネラルウォーターに溶かしている。
どこか仙人の雰囲気をかもしつつ。もしや、秘伝の妙薬か!?
(出典:「第十二期竜王決定七番勝負」読売新聞社 2000 より 適宜改行を施した)
ポカリスエット等の粉末であればパックに入っているわけで、缶入りの水に溶かす粉末とはプロテインの事だと思われる。
やはり、丸山九段もプロテインを秘伝の妙薬として使っていたようだ。
しかし、現在の丸山九段はカロリーメイトは飲むがプロテインは飲んでいない。
なぜだろうか。その理由を考えてみたい。
プロテインは、タンパク質を摂取する目的で飲まれる。
しかし、プロテインを飲む時には、タンパク質の取り過ぎによる内蔵負担を避けつつ、全体の栄養素のバランスを考える必要があるらしい
参考・
プロテインの副作用とは
普段のトレーニングからプロテインを使っていると思われる丸山九段は、プロテインの取り過ぎによる弊害にも気づいたのではないだろうか。
ここで食事注文の丸山流を振り返ってみたい。
・納豆巻と鉄火巻
・麻婆豆腐定食とシューマイ
・さば味噌煮定食、さば塩焼き定食
・若鶏唐揚げ定食(唐揚げ3つ増量)
・ヒレカツ定食
共通するのは、何れも高タンパクな食事という事だ。
つまり、丸山九段は夕休明けにプロテインを摂取する事から更に研究を進め、食事でタンパク質を摂取する事で、全体の栄養素のバランスを取るようにしているのではないか。
カロリーメイトはタンパク質以外の栄養素が豊富であるので、高タンパクな食事の後の副食として利用すれば、更にバランスが取れた食事となる。
こんな情報もあり、やはり対局の時のみ高タンパクな食事を意識的に摂取して、体力をつけようとしているらしい。
あるいは、村山慈明七段によるとヒレカツ定食は長年の研究の集大成との事。
秘伝の妙薬(プロテイン)から始まった丸山九段の研究は、納豆巻と鉄火巻から若鶏唐揚げ定食(唐揚げ3つ増量)を経てヒレカツ定食でひとつの完成をみたようだ。
…いやいや、昨年のこの時期にいか丸焼き定食を連採したり、今年に入ってから冷やし中華にチャーシューを6枚乗せるなど、丸山九段の冒険はまだまだ続いている。
今後の丸山九段の食事注文にもまだまだ目が離せない。
その際には、「何を注文したか」もそうだが、「どうやってタンパク質を摂取しているのか」という観点からも注目してはいかがだろうか。
ひとまずこの項の結論としては、
「対局中にタンパク質を摂取するのは脳にとって好手。しかし夕休明けにプロテインを摂取するのはタンパク質の指しすぎの可能性あり。」
としておきたい。
丸山理論の完成型を、引き続き注目して見ていくこととする。
※ちなみに
高たんぱく質Best10をご紹介!というサイトによると、タンパク質の多い食べ物第1位は・ウナギの蒲焼きとの事
加藤一二三九段が現役生活の最後まで持ち時間を使い切る集中力を保てたのは、うな重のおかげなのかもしれない。