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将棋棋士の食事とおやつ出張所

スポニチ紙面から見る第35期王将戦

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スポニチ紙面から見る第35期王将戦

(初出『カクナリ!7』2021年7月 なお、一部に修正をしました)

 2020年度に70期となった王将戦を主催するスポーツニッポン新聞社は、「王将戦70年の歩み」という記念誌を出版する際、制作費を集めるためのクラウドファンディングを行いました。
 その返礼品のひとつとして、オリジナルフォトブックも制作されました。
いわゆる「勝者の罰ゲーム写真」を収録したもので、巻頭を飾ったのは、第35期に挑戦した中村修六段の第3局における写真です。
 王将戦は、第35期が大きな転換点となっています。
『スポーツニッポン』紙面に掲載されたタイムライン『「王将戦』24時』から、具体的に読み解いていこうと思います。

第1局第1日
08・02(中村)食堂で朝がゆ定食
08・10(中原)食堂へ。洋定食の朝食
12・35(中村)昼は中原と同じカレー
12・40(中原)食堂でカレーライス。アイスクリームも特注
20・05(中原)「少しやりますか」と娯楽室へ。麻雀です
21・10(中村)娯楽室で麻雀観戦
『スポーツニッポン』1986/1/17
第1局第2日
10・00(中原)「ミネラルウォーターとホットミルクを」と注文
10・00(中村)「僕は何もいりません」
12・40(中原)食堂でナベ焼きウドン
12・40(中村)予定変更、自室でソバほとんど手つけず
18・15(中原)自室でポタージュ、カニコロッケたいらげる
18・20(中村)自室で雑炊に“挑戦”するが、食進まず
21・37(中原)「どうも、負けました」
21・37(中村)その瞬間「はぁ」信じられぬ表情
『スポーツニッポン』1986/1/18

 それまでの王将戦は、大山康晴・加藤一二三・中原誠といった健啖家と、それを意識した米長邦雄を中心に争われていました。チョコレートを6枚ペロリと平らげた加藤王将やカレーライスをお代りした大山王将が紙面を賑わせ、「形勢が良いと食欲が出る」という大山理論が王将戦を支配していました。しかし、第35期は、体調を崩し食が進まない中村六段が勝つ、波乱の幕開けになります。
 また、大山名人が麻雀好きだったこともあり、夜は対局者も卓を囲むのが王将戦の定跡でした。
中原王将はそれに倣って麻雀を打ちますが、中村六段は観戦が多くあまり打ちません。
 この「健啖な中原と少食な中村」「卓を囲む中原と眺める中村」という構図は、番勝負を通して見うけられます。中村六段は、あくまで自分のペースでタイトル戦に挑んでいました。

 続けて、第3局を見てみましょう。

第3局第1日
09・13(中原)「ちょっと部屋の空気入れ替えましょうか」
09・13(中村)王将の言葉に“オーさむ”とジェスチャー
12・30(中村)中庭で撮影会「イメージが違うなあ」
13・40(中原)「私の辞書に千日手はない」6分後千日手に
13・46(中村)千日手成立。普通の顔
18・20(中原)「忙しそうだねえ」とスポニチ取材室を急襲
20・30(中村)週刊誌の取材。「またヤラセの写真とるかな。」
『スポーツニッポン』1986/2/4

 記者と会話を楽しむなど旧来の定跡をなぞる中原王将に対して、盤上盤外ともマイペースな中村六段が実に対照的です。
 取材を受けた中村六段の「イメージが違うなあ」「ヤラセの写真」といった言葉にも注目しながら、引き続き2日目を見ましょう。

第3局第2日
12・40(中原)自室で名物伊勢ウドン「外は暖かいかな?」
12・50(中村)薄味肉ウドンとご飯を自室で。食慾おう盛
19・23(中原)「じゃあ、やりましょうか」“麻雀部屋”へ
20・10(中村)週刊誌取材「今夜はインタビューだけかな」
21・45(中村)「ここへ来て風呂入るの初めて」と大浴場へ
『スポーツニッポン』1986/2/5

 冒頭で触れたフォトブックの写真は、2日目夜に撮影された大浴場での入浴写真です。
週刊誌のカメラマンからは
「写真を撮るのでテレビゲームをやってくれとか、今朝も和服で海岸に立ってほしい」
とも言われたと、対局翌日に『将棋世界』から受けた取材で答えています。
 この対局が、「勝者の罰ゲーム写真」の原点になるのかもしれません。
グラビアを飾るような面白い写真を、23歳の若き挑戦者には頼みやすかったのでしょうか。

 この番勝負の決着局となった、第6局を最後に見てみましょう。

第6局第1日
08・05(中村)食堂で富士を背に着席し「しまった」
08・25(中原)ハムエッグ食べながら「豪快ですね」富士の眺めにウットリ
12・45(中原)天ぷらそばとオレンジのデザートをペロリ
12・45(中村)昼食は自室でゆかたに着替えて天ぷらそば
『スポーツニッポン』1986/3/14

 第6局でも、健啖な中原王将にマイペースな中村六段という構図は変わりません。
それが極まるのが2日目です。

第6局第2日
07・25(中原)目覚ましブザーで起床
08・42(中村)取材の電話で起こされ「え?いま何時?」
08・54(中村)ゆう然と対局室へ
09・05(中村)うまそうに“心づくし”のコーヒー飲む
10・00(中村)お次はチーズケーキとホットミルク
10・25(中原)メガネはずして、しばし黙祷?
20・30(中村)笑顔で打ち上げパーティーへ
20・45(中原)「じゃあ、やりましょうか」と娯楽室へ、最後の晩ももちろん麻雀
『スポーツニッポン』1986/3/15

 目覚ましで起床した中原王将に対し、中村六段は寝坊してスポニチ記者に起こされています。
朝食を食べそこねた中村六段のためにホテル側がコーヒー、チーズケーキ、ミルクを用意したのですが、中原王将にも同じものが運ばれてきたため、中原王将はキョトンとしていたというエピソードもあります。最後まで中原王将はペースを乱された格好で、中村六段が王将位を獲得しました。
 対局翌日に中村新王将が雪かきをした写真は、『将棋世界』のグラビアを飾りました。
タイトルホルダーのフランクな姿が新風を吹かせます。
 第36期でリターンマッチを挑んだ中原名人相手に中村王将が防衛すると、挑戦者の顔ぶれは、南芳一棋聖、島朗竜王といった55年組のタイトルホルダーに変わります。
若手棋士の写真が新聞や雑誌に載り、王将戦の空気も変わっていきました。

 中村修六段への取材で撮られた「ヤラセの写真」は、「勝者の罰ゲーム写真」に成長しながら、棋士の新たな一面を引き出していきます。第35期王将戦は、王将戦のみならず、「観る将棋」の歴史を考えるにあたって、大きな転換点と言えましょう。
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自己紹介:
将棋棋士の食事とおやつに関する話だったが、将棋考古学沼ネタもこちらで。

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