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将棋棋士の食事とおやつ出張所

郷田流餅追加定跡を振り返る

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郷田流餅追加定跡を振り返る

今年の夏の注文の新手で一番衝撃度が高かったのは、佐藤康光九段の「冷中華、餅1個」という事で多くの人が一致すると思われる。
本人は「前に誰かが頼んでいたと思った」とのコメントを残しているが実際の所はどうなのか?、という事と、餅追加は佐々木勇気流という認識が普及しかかっているけれども時系列は一度整理しなければいけない、という事を踏まえて、ここで一度歴史を振り返ってみようというのがこの記事の主旨だ。

はじめに注意点を。
まず、データは全て2006年度以降のもの。
なぜ2006年度以降なのかというと、名人戦棋譜速報で全クラスの食事情報が完全公開されるようになったのが2006年度からである事による。
そして、現在もモバイル中継されていない対局が多数ある上に、以前はモバイル中継数も少ない〈もしくはなかった)事から、このデータは「2006年度以降の順位戦と、現在確認できている新聞棋戦の対局者の食事情報」をまとめたものになる。
以上、ご了承いただきたい。
なお、原則的に棋士の段位(肩書〉は現時点のものとするが、注文の紹介の時は当時の段位(肩書〉とした。



「郷田流餅追加定跡」と題しつつ、確認できる範囲で一番最初に餅追加をした棋士は実は郷田九段ではないのが最初のポイントだ。
2007/07/10(火) 棋王戦挑戦者決定トーナメント2回戦、島朗八段対中川大輔七段戦で、中川七段が
「冷やしたぬきうどん(大)もち入り」
を注文したのが最初の記録となっている。
(ちなみに中川八段の注文歴を見ると、ほそ島やと思われる。)
普段は冷やしたぬきそば大盛を頼む中川八段だが、この時は相当気合が入っていたようで、うどんに変えた上に餅を追加するという、腹持ちを最大限考えた注文をしている。
ただし、以後中川八段は餅追加を採用した事はないようで、餅は指しすぎと見たのだろうか。
こんな感じに餅追加をする事が稀にあり、実は冷やし中華に餅を入れた前例もあったのかもしれない。
ほそ島やのメニュー表には餅(100円)と載っているので、ほそ島やで頼むことは自然にできる。
ただし、青葉記者による食事情報改革前夜であれば、それを追うことは非常に困難だ。
丁度中川八段がニコ生で解説する機会があったので経緯を質問してみた所、

棋王戦は4時間の将棋で夕食休憩がない。
冷やしたぬきうどん大盛ごときでは保たない。お腹が空いちゃうんです。
遅くなると8時から9時の終局になる場合もあり、餅を一発入れておかないと保たない。
ダブル炭水化物でいくわけです。
餅を追加するのは棋士にとってはけして珍しい手じゃないので、新手かと言われると前例があったと思う。
【将棋】第3期叡王戦 九段予選 島・森内・丸山  中川大輔八段の解説より

という回答を頂いた。餅追加注文の前例はあったと思う、との事。
ちなみに、冷やしうどんに餅を追加しているのも注目すべき点ではあるが、実はほそ島やには「冷力」というメニューがあり、古くからの愛用者がいる。
面白いもので、同じ餅好きでも、佐藤秀司七段は「冷やし力そば」・千葉幸生六段は「冷やし力うどん」と棲み分けができている。
そんな両者だが、冬に力うどん、夏に冷やし力(そば・うどん)を頼んでも、別メニューに餅を入れる事は考えなかったようだ。


そんな将棋界の餅事情に新風を吹かせた男が、ご存知郷田真隆九段である。

2009/01/08(木) 、A級順位戦、森内俊之九段対郷田真隆九段戦の夕食において、郷田九段が
「鍋焼きうどん(もち入り) 」
を採用。
これも一回限りの新手かと思いきや、2009/09/10(木)、A級順位戦対佐藤康光九段戦の夕食で
「鍋焼きうどん(もち入り) 」
を再度採用。
秋に入った2009/11/05(木) のA級順位戦対高橋道雄九段戦では、昼に鍋焼きうどんを食べたので
「天ぷらうどん(もち入り) 」
を採用するなど、餅追加定跡を一人で整備していく。
ちなみに、この対高橋戦で餅追加注文の画像が初めてアップロードされている。
今も名人戦棋譜速報で確認できるので、興味のある方はご覧あれ。

高橋戦で初めて負けたせいか次の注文まで1年以上間隔が開くものの、2010年度のA級順位戦最終局で復活すると、以降は秋~冬の定番となり2012年10月にかけて4回採用。
孤独な戦いを続けていた郷田であったが、2012/11/13(火) に初めてフォロワーが現れた。
将棋世界誌の"連盟の瀬川さん"で「うどんともちが好き」と公言していた瀬川晶司五段である。

2019/4/24追記
『「将棋めし」著者と棋士が語る盤外のドラマ』講演で瀬川六段が語った所によると、郷田九段の注文を見て「これは良い!」と思って真似をしたとの事。
瀬川六段の注文は、郷田流がきっかけだという証言を得られた。

瀬川五段はC級2組順位戦対川上猛六段戦の昼食にて、
「けんちんうどん(もち入り)」(ほそ島や)
を注文すると、瀬川五段は続けて2013/01/08(火) の順位戦の昼食でも採用。
それを見たのか遠山雄亮五段も夕食で「けんちんうどん(もち入り)」を注文。

更に、01/11(金)のA級順位戦の昼食では、上座の郷田棋王の注文
「天ぷらうどん(もち入り)」(ほそ島や)
に影響を受けたか、深浦九段と対局していた谷川浩司九段が
  「親子南ばんそば(もち入り)」(ほそ島や)
を採用。郷田九段の影響を受ける棋士が徐々に増えてくる。

2013年夏の郷田九段のトレンドは「冷やし力そば」(ほそ島や)だったが、
こちらも佐藤紳哉六段(「冷やし力うどん」)や吉田正和五段(「冷やし力そば大盛」)など、今まで冷力を食べなかった層まで影響を受け、将棋界に徐々に餅が浸透していく。

そして、2014/01/14(火) C級2組順位戦において、おにぎり党の中座真七段が
「すき焼きうどん(もち入り)」(みろく庵)
と注文し、初めてみろく庵での餅注文が確認。
01/20(月) の王位戦で同じくおにぎり党だった髙見泰地四段が
「天ぷらそば大盛(もち入り)」(みろく庵)
と続くと、決定的だったのが02/05(水)のA級順位戦。
郷田九段が昼食において、みろく庵で初めて「みそ煮込みうどん(もち入り)」を注文したのだが、それを見た渡辺二冠が夕食で「みそ煮込みうどん(もち入り)」を採用。
以降、餅注文が急増する。

みろく庵で餅注文したのは記録の上では中座新手であるので質問をした所、

麺だけだとお腹が空きやすいのでおにぎりをつけていたが、お腹の持ちがいいので餅を入れるようになった。
すき焼きうどんに餅には前段階があり、みそ煮込みうどんが好きでそれに餅を入れていた。

最初頼んだ時はメニューになかった。
今はもうメニュー表に連盟の人が手書きで+50円と書いている。

【将棋】第3期叡王戦 七段予選 室岡・小林(宏)・窪田・斎藤 中座真七段の解説より

という回答を頂いた。
みそ煮込みうどんはみろく庵のメニューなので、01/14以前の中継されていない対局で中座七段は注文していたようだ。
みろく庵の餅追加が誰の新手なのかは中継局にはないようなので前例を追うのが不可能なのであるが、01/14より前に前例があり、01/14の前後に手書きで「餅50円」と追加で書かれたようである。
02/05に郷田九段が初注文している事を考えると、それまでに手書きで追加されていると考えられるが、間の01/20の髙見四段の注文時にメニュー表に載っていたかが謎。


と本人がツイートしているように、観る将でもある髙見五段が名人戦棋譜速報の注文表を見てみろく庵で餅を追加し、中座七段以外にみろく庵で餅を注文した人が現れた事から連盟職員がメニュー表に手書きで追加。
それを見た棋士が目新しさから続々と注文をしてブームになった。
と想像する事もできるのだが、真相は果たしてどうなのだろうか。
もしそうだと仮定すると、2014年の餅ブームを作ったのは郷田九段、中座七段、髙見五段の三人という事となる。


経緯はさておき、2014年は棋士の中で餅追加注文が大ブームになった。
このブームになった2014年の反応として、代表的なものを3つ掲載する。

まず片上大輔六段のツイートから



2015/02/10火 棋王戦予選4組2回戦、豊川孝弘七段対伊藤能六段戦棋譜コメでは
昼食の注文は伊藤能六段がすきやきうどん(もち入り)、豊川七段がなしでした。
注文票を見て、別の中継を行わっている牛蒡記者が「おっ、もち入りですか」。
「定跡ですか?」尋ねたところ、「流行形ですね」(牛蒡記者)との回答でした。
(若葉)



最後に、連盟モバイルインタビュー渡辺明の巻(連盟モバイルで確認できなくなったが、初出は2015年春頃だった記憶)
 ―昨年は出前注文に「餅入り」が流行しました。「力うどん 餅1個追加」とか。

ありましたねえ(笑) ぼくもやりましたよ餅入り。
餅入りは郷田流なんですけど、ようやく市民権を得てきましたね。



ブームは2015年頃には少し落ち着き、郷田九段や渡辺竜王、中座七段、窪田七段、佐藤秀七段、千葉七段といった一部の餅スペシャリストが麺類に入れる定跡として定番化。
2016年に肉豆腐定食に餅を入れる三浦新手が登場した後は、三浦九段と佐々木勇六段(たまに渡辺竜王)が肉豆腐定食に餅を入れるようになり、現在に至る。
そしてこの10年間では冷やし中華に餅追加は確認できず、やはり佐藤康光九段の新手筋だったようだ。


長くなったが、餅追加定跡の時系列を最後にまとめて〆とする。


・2007年度
07/10(火) 中川大輔七段が冷やしたぬきうどん大盛に餅を入れる。記録の上ではこれが初めて。
・2008年度
01/08(木) 郷田真隆九段が鍋焼きうどんに餅を入れる。
・2009年~2011年度
郷田九段が一人で注文を続ける。
・2012年度
11/13(火) 瀬川晶司五段がけんちんうどんに餅を入れ、初めてフォロワーが現れる。
01/11(金) 谷川浩司九段が郷田九段の影響を受けたか、親子南ばんそばに餅を入れる
・2013年度
10/15(火) 藤森哲也四段が天ぷらそばに餅を入れる。この頃からおにぎり党の転向が散見される。
01/14(火) 中座真七段がすき焼きうどんに餅を入れ、みろく庵で初めて注文が確認される。
                ただし、中座七段によるとこの日以前にもみそ煮込みうどんに餅を入れていたとの事。
01/20(月) 髙見泰地四段が天ぷらそば大盛に餅を入れ、みろく庵の注文がここでも確認される。
02/05(水) 郷田真隆九段がみそ煮込みうどんに餅を入れ、郷田九段もみろく庵で初めて注文する。
      渡辺明二冠も夕食で追随し、この結果餅追加がブームになる。
                ※この日までにみろく庵のメニュー表に手書きで「餅 50円」が追加されたと思われる。
03/13(木) 窪田義行七段が豚キムチうどんに餅を入れる窪田新手。以降窪田流になる。
・2014年度
07/22(火) 郷田真隆九段が冷やしきつねそばに餅を入れ、冷やしに郷田流を採用。
                ※吟記者が注文をほそ島やと間違え、夕方にみろく庵から再度注文して画像を上げ直す。
07/23(水) 村山慈明七段が冷やし山菜そばに餅を入れ、冷やし郷田流を踏襲する。
12/16(火) 佐藤秀司七段がおかめそばに餅を入れる。
02/03(火) 佐々木勇気五段が力うどんに餅を入れ、「餅の重ね打ちは指し過ぎではないか」と話題に。
02/05(木) 三枚堂達也四段が鴨せいろそばに餅を入れる。
・2015年度
04/03(金) 三浦弘行九段がかき玉うどんに餅を入れ、更に唐揚げ3個注文する。
01/26(火) 佐藤秀司七段が鮭雑炊に餅を入れる。以降雑炊に餅が佐藤秀流となる。
・2016年度
06/03(金) 三浦弘行九段が肉豆腐定食に餅を入れる三浦新手。
06/07(月) 佐々木勇気五段が三浦新手を採用。
06/13(月) 佐々木勇気五段がニコ生で「力うどんに餅を追加したのは、力うどんに餅が入っているのを知らなかったため。」と真相を語る。
06/22(水) 三浦弘行九段の注文が「肉豆腐定食・味噌汁に餅入り」と発表され、衝撃が走る。
07/05(火) 松本博文氏が「 みそ汁に餅」の衝撃というエッセイを書く。
09/20(火) 三浦弘行九段がニコ生で「味噌汁に餅追加は誤報で、餅は肉豆腐に入れている」と語る。
02/03(金) 佐々木勇気五段が「みろく庵」のおでん定食のごはんを抜いて 餅追加する佐々木新手。
02/25(土) 渡辺竜王が肉豆腐定食(もち入り)(みそ汁抜き)のハイブリッド注文。
03/11(土) 竜王戦において、「すき焼きうどん、モチ1個」(石井直樹アマ)、「肉豆腐定食、モチ2個」(神崎健二八段)の餅対決が行われる。餅1個の石井アマが勝利。
・2017年度
05/11(木) 佐藤康光九段がかけうどんに餅を2つ追加する新趣向。
07/02(日) 佐々木勇気六段が対藤井聡四段戦で肉豆腐定食に餅を採用し、全国ニュースとなる。
07/04(火) 佐藤康光九段が冷やし中華に餅を入れる佐藤康新手。大きな話題になる。本人は「前に誰かが頼んでいたと思った」と語る。
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